Wrangler Magazine – Rodeo Life

Vol.11 火照り

Vol.11 火照り

芝原仁一郎

1971年、北海道生まれ。
現在アメリカ、カナダで活躍中の日本人ブルライダー。2003年、PBR (Professional Bull Riders Inc.)のPermitを日本人として初めて取得。
2006年、PRCA (Professional Rodeo Cowboys Association:全米プロ・ロデオ協会)のPermitを取得。2008年、PRCAの規定する賞金額を満たし、2009年にCardを取得。正式に「プロ」として認められる。そして今もアメリカとカナダのプロ・ロデオ大会で挑戦を続けている、本物のロデオ・カウボーイである。
2011年にはwowowのドキュメンタリー番組「ノンフィクションW」に取り上げられる。

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5月29日、ソルトレイクは快晴だった。気温も30℃近くに上がっていた。ロデオに行くにはもってこいの日だ!
ソルトレイクのあるユタ北部から南へ車で6時間。ロデオが開催される町モアブは、二つの国立公園と一つの州立公園への玄関口だ。その三つともが、世界中の観光客に人気がある。ロデオ・アリーナへ抜けるメイン・ストリートも木曜日だというにもかかわらず、車とハーレー・ダビッドソンと人の往来が絶えなかった。
町の南側にあるロデオ・アリーナはまだ新しい。今年で51回目を迎えるこのロデオ、てっきりアウト・ドアでのロデオかと思っていたが、イン・ドアでのロデオだった。 ロデオ・オフィスでエントリー・フィー$101を払う。ぼくのブルはBar T Rodeo社の#960 Dreams ドリームス。小型でまだら模様のブルだった。この日出場するブルライダーは9人。リストにはラングラー・ナショナル・ファイナルズ・ロデオに出場経験のあるショーン・プロクターやソニー・マーフィーといった名前もあった。
早々にブル・ロープの準備を始めて、ロデオが始まる前に一度アリーナの外に出た。こっちの空は雲が厚く、今にも雨が降りそうだった。じっくりとストレッチをしてアリーナに戻ると、ちょうどタイ・ダウン・ローピングが行われていた。
バレル・レーシングが始まる頃、ぼくの乗るドリームスは、右側のデリヴァリーに入った。

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ロープを巻いて出番を待つ間、自分がこの瞬間をどれだけ待ち焦がれていたかを実感した。ブルライディングを始めて、かれこれ19年。シュート裏に立って、自分の出番を待つこの緊張感に病みつきになって、どんなケガをしてもここに戻ってきた。この2ヶ月間のリハビリが頭の中で蘇ってきた。この場に立っている事に、深く感謝した。
ぼくの目の前で、ショーンもソニーも落ちた。ぼくの出番が回ってきたのでロープを温めなおして、左手に巻きつけた。右腕を頭の上にかざして、ゴー・サインを出した。ドリームスはゆっくりと飛び出して、最初のキックのあとに左へ急激に回り込む。その動きには対応できた。さらに左に回りこむ。左回りのブルに対応する身体の動かし方は、その身体が覚えている。彼の動きについていく。身体を前に持って行って、左へ少しずらし、右腕を振り上げて体勢を整えようとする。が、その右腕が2回転目から上がってこない……。そのまま加速して、左へ周り続ける彼のスピードについていけない。身体が後ろへ流れてしまい、両足が彼の腹から外れていく。完全に横になった状態で、振り回されて、振り切られた。
ブルファイターのアーロン・ファーガソンが完璧なポジショニングで、ぼくをブルから逃がしてくれた。乗っていた時間は4秒だった。
ロデオが終わって、ギアを片付けて、選手に支給される食事を食べに行くと、たまたまアーロンと居合わせた。彼とこうして話すのも2年ぶりだった。お互い、フェイスブックでも繋がっている仲だ。

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そこへもう一人のブルファイター、ネイサン・ハープも加わった。どこに泊まるのかを聴かれたので、自分の車で寝るつもりだと伝えると、「ベッドが一つ空いているから使え」と、モーテルに泊まるネイサンの部屋で泊めてもらうことになった。
狭いぼくのプレリュードの助手席と違って、身体をスッキリ伸ばして眠れる、そう思っていた。ところが、だ。
ベッドに入って明かりを消してもまだ、ドリームスの腹から抜けてしまった両脚がやたらと熱かった。中から熱を発していて、火照っていた。両脚の筋肉が張っていた。パンッパンだった。頭の中では、自分の目で見ていた映像と、録画された動画の映像が繰り返し流れていた。何度も、何度も、何度も。……まったく眠れなかった。
日本に帰る数日前に、2ヶ月眠っていたぼくの魂にもまた火がついた。
レギュラー・シーズンは9月末まで。10月末に開催されるPRCAウィルダネス・サーキット・ファイナルズへの出場権を得るには、サーキット内のロデオに最低14試合出場しないといけない。このモアブも、その一つとしてカウントされるので、7月末に渡米して8月からの9週間で残り13試合に出場し、かつサーキットでの賞金ランキング上位12位までに入らないといけない。それが、ぼくの達成したい大きな目標。
挑戦し続ける、「目標」。
不可能ではない!と自分を信じて、行ってきます!

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