Rode Diary
July.2011  

 一年を通じて最もロデオが多い7月。
 ロデオ・カウボーイにとって、カウボーイ・クリスマスに始まりシーズンが終わる9月末までが、終盤のプレイ・オフ、そしてファイナルズへの出場権をかけるということもあって、一年で最も大事な時期なのです。

 気がつけば、僕のスケジュール表も毎週ロデオで埋まりました。今月はほとんどがユタでの試合。来月からはアイダホでの試合が増えていきます。ユタでの試合と聞けば、どれもが自宅のあるソルトレイクから近いところと思われるかもしれませんが、全部が全部、ロデオが終わればすぐに帰ってこれる近場とは限らないのです 。

 ユタ州の面積は東京都の約100倍。そして東京のように細長くはなく少し縦長の長方形で、同じユタ州でも数時間もかかるところもあれば、州境に近いところや州をまたいでとなると泊まらざるを得ないこともあるのです。たとえば、前回このエッセイで紹介したユタ州のデルタという町は約225kmなので約2時間。かと思えば、先日訪れたネヴァダ州のエルコという町までは約360km。約4時間。だいたい東京から岐阜県の羽島市くらいまでの距離です。ロデオが終わった夜10時過ぎから帰るにはちょっと距離がある。そこで、一緒に行ったリー・ウールジィの「今日は泊まっていこうぜ」の一言で、僕たちは何の躊躇もなく泊まっていくことにしたのです。といって、まっすぐホテルに向かったわけではありません。

 たいていのロデオでは、そのロデオ会場の脇に「パーティー・スペース」があって、名前もそのまんま『Cowboy Bar』とか『Rodeo After Party』と呼ばれてます。ビールやウィスキーの会社がロデオのスポンサーにつくくらい、カウボーイとお酒は切っても切れない縁で結ばれていて、当然のように酒好きなカウボーイが多い。みなさんも西部劇でしょっちゅうカウボーイが飲んでいるシーンを観たことがあると思います。あんなイメージ。

 この日は土曜日ということもあって、このパーティー会場は『超』がつくほど大混雑でした。特設されたステージではライブ・バンドがカントリーから70年代や80年代のロック(レイナード・スキナードからブライアン・アダムスまで)を演奏し、そのステージ前のフロアでは観客が踊りまくってます。ロデオに出場した選手たちはもちろん、このロデオを組織した実行委員会の人たちやストック・コントラクターまで集まって、あちこちでお酒を片手に話に花を咲かせています。まさに「打ち上げ」という感じです。

 バー・カウンターの中では、ひたすら女性のバーテンダーたちが次から次へとお客をさばきます。ここでの支払いは現金ではなく、事前に購入しておいた1枚1ドルのチケットを彼女たちに手渡すのです。この日は1パイント(470ml)のビールがチケット3枚(約240円)、カクテルは4枚(約320円)でした。日本に比べると、相当安い!?

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 ここで提供されるのは飲み物だけです。食べるものが一切なく、みんなひたすら飲みまくって、騒いで、踊って、選手は地元の女の子をナンパしに行って……という感じ。そういう中でトラブルが発生しないよう、ちゃんと地元の警官やカウンティ・シェリフ(郡の保安官)が見守っているというのが、こういうパーティーでの日常の光景です。

 僕たちは2時くらいまで飲んでホテルへ向かいました。ホテルといっても、ここはネヴァダ州。そのほとんどにカジノが併設されているけれど、さすがにこの日はすぐに寝床に着きました。が、そのあともパーティーは延々続いていたそうです。

 『ロデオ』がロデオという競技だけで終わらない、そのあとのこのようなパーティもひっくるめた全部がロデオ。ロデオってこんなに楽しいものなんだ、という雰囲気が少しでも伝わったならウレシイです。

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