Rode Diary
Jun.2011  

“Days of the Old West Rodeo (PRCA)”
 「古き良き西武時代ロデオ」とでも訳せるだろうか。これはユタに戻ってきてから2試合目のタイトル。全てのロデオにはこのようなその土地や歴史に由来したタイトルが付いている。ロデオ以外でこのようなタイトルが添えられるスポーツを僕は他に知らない。これもロデオがアメリカ人に愛されている、特別な国民的スポーツ=お祭りであることを象徴しているのかもしれない。

 さて、先週の試合でも8秒を乗り切ることができなかった僕は、今週はトレーニングに戻った。ショーンの家ではスティーブ・ウールジィとアレックス・ダドリーもやってきて、3人で代わる代わるバレルを使って何度も基本動作の確認を繰り返した。

 スティーブは2005年のPRCAのオーバーオール(ブルライディングの他、全種目を通しての意)新人王。その2005年はもちろん、ラングラー・ナショナル・ナショナル・ファイナルズ・ロデオに5度も出場しているという、まさに世界トップレベルのブルライダーだ。片や、アレックスはWNFRにはまだ出場していないものの、ユタで彼の名前を知らないブルライダーはまずいない、僕ら3人が所属するウィルダネス・サーキットのファイナルズにはすでに4回も出場している実力者だ。でも、何でそんなトップクラスの2人と一緒に練習が……!? 実は、現在25歳の同い年の若者たちは、12歳の頃からショーンがこの牧場で開いていたブルライディングの練習会に欠かさず通っていたという。同じ町に住むスティーブはもちろん、隣町に住むアレックスにとっても、ショーンの牧場はいつでも彼らを歓迎してくれる、自分たちを育ててくれた懐かしいホームグラウンドというわけだ。さすが、国民的スポーツ!!

 その2試合目は木曜日に開催された。試合開始は夜8時。この日は木曜ということに加えて風も強く、陽が沈んでからはかなり冷えたこともあって観客数は1000人くらいだろうか、会場は空席が目立った。

 会場に着いて、まず、オフィスでエントリー・フィー$121を払う。そこで、今日乗るブルが紹介された。
「バー・T・ロデオ社のJ27 Slim Chance(スリム・チャンス)」
 独特のまだら模様をしたブル。コイツが今日の相手だ。首の太さ、その上にあるコブ、肩幅が僕にはちょうどいいサイズだ。ここ数試合、小型のブルばかりに当たって苦戦していただけに、この中型ブルは少し安堵感を与えてくれた。

 時計が8時を数分過ぎた頃、ファンファーレが会場に鳴り響きオープニング・セレモニーが始まった。アリーナでロデオではお馴染の女性の騎馬隊や軍隊のコスチュームに身をまとった人たちによる隊列や、ロデオクイーン候補者たちのスポンサー紹介が繰り広げられ、最後にグレイス(お祈り)と国歌斉唱で締めくくられる。

 競技はベアバック・ライディングにはじまり、タイ・ダウン・ローピング、スティア・レスリング、サドル・ブロンコ・ライディング……と、ルーティンのメニューが続いた。

 時計の針が10時を回り、バレル・レーシングが終わるとロデオ・アナウンサーの高揚したナレーションが会場に響き渡った。
「Who is the bull riding fan, tonight???」
 待ってましたといわんばかりに歓声が湧き上がる。もうすっかり慣れているはずなのに、思わず武者震いならぬライダー震いをしている自分がそこにいる。何度経験しても、緊張感と高揚感に包まれるこの瞬間がたまらない!! 

 3番目。僕のがやってきた。顔見知りのブルライダーたちから声がかかる。
「Bear down, Jean!」
 僕はお腹を出し、胸を張って背中のアーチを作り、ヒザを高く置いて両足の位置を確認しながら、右手は目線よりもさらに上へかざして……。冬のゲイリーの牧場での練習や、ショーンの家でスティーブやアレックスから教わったことを思い出し、完璧な姿勢を整えてゴー・サインを出した。ゲートが開いた。左肩を入れドライブの体勢に入ったその時、後ろで「ガシャーン!!」ともの凄い音が響いた。"Slim Chance"が激しくゲートにぶつかった。次の瞬間、身体が左に崩された。僕は必死になんとか体勢を立て直そうと試みたが、ブルが2度ジャンプをして右に回ったところで振り切られた。

 僕はとっさに起き上がってさっき出てきたばかりのシュートに逃げ込み、ケージをよじ登って当面の安全を確保した。すると、目の前にいた仲間が
「ブルがゲートにぶつかったんだから、ジャッジにリライドをもらえるか聞いてこいよ。」
 と言う。他の仲間たちも、
「オレにも音は聞こえたよ。確かにぶつかった」
 と、声をそろえてくれた。
(これは、自動的にリライド(もう一度乗る権利)をもらえるな……)

 すかさず、僕は近くにいたジャッジに声をかけ確認した。
「こちらからは何も見えなかった。反対側のジャッジに聞いてくれないか?」
(え、あんな近くにいたのに「何も見てない」だって!?)
 仕方がないので僕はいったんギアをシュート裏の控えに置き、デリヴァリーを乗り越え反対側のジャッジを目指した。すると、運悪くその間に彼はアリーナの中央に歩み寄ってさっきのジャッジと話を始めてしまった。
「Excuse me!!」
 シュート裏から声をかけると彼らは僕のほうへ来てくれた。どうやら僕の件で確認していたようだ。

「君はリライドの申告をしなかったね。ブルがゲートにぶつかったとわかったならば、すぐに両手でロープを握って、ただちにブルから降りなきゃならない。ところが、君は乗り続けようとがんばっていた。」
 と、反対側のジャッジ。
「そりゃ、落ちるわけにはいかないから……」
「私たちにもそう見えた。つまり君は“ゲートにぶつかった”というアクシデントを受け入れて、このライドを継続した"とみなされた。この場合、ブルがゲートにぶつかったとしても、このライドは有効になってリライドは与えられないというわけだ。」

 彼らが「見ていなかった」のは、僕の、リライドを申告するための「ロープを両手で握り、すぐに飛び降りる」という行為のことだった。そう、僕の必死に乗り切ろうとした行為は、逆にリライドの権利を放棄したことになっていた。「なんてこった!!」しばらく言葉が出なかった……。

 翌朝、ショーンにことの顛末を話した。誰かに、この持っていきようのない気持ちを聞いて欲しかったのだ。
「そりゃ当たり前だよ。そういうときはすぐに飛び降りないとダメだ。」
「でも、自分から飛び降りるなんて、できないよ」
「何言ってるんだ。リライドの権利がかかっているんだぜ。そして、そういうミスを犯した時は、さっさと忘れて次のロデオに集中する!!」

 ハァ!? 思わず「何てポジティブな!!」と思ってしまった。どんな状況でも「歯を食いしばってがんばる」ことを叩き込まれた僕には、なかなか馴染めないものだ。ましてや、その申告を自分がするなんて!? 僕が今まで知っているスポーツでは、選手は「抗議」はできても、全ては審判が判断するもので選手の自己申告なんかありえない。もしかしたらこういうルールも、フェアな競技を尊重するために競技者の権利を守るというアメリカ的精神を象徴しているのかもしれない。

 それにしても、僕の身体に染みついている「歯を食いしばってがんばる」精神がこんなところで仇になるなんて……、と、いつまでもくよくよしていては始まらない。ここはアメリカ。そして、ロデオはアメリカの国技だ。気持ちをさっさと切り替えて、次の試合に集中しなくっちゃ!!

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